伽藍・仏像

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金勝寺略縁起



金堂

創建当初は十間四面でありましたが戦国時代の焼き討ちで焼失し、寛文五年(1665)に仮堂として半分の規模の五間四面の大きさで再建され、現在に至っています。


塔中桜の坊

以前の建物は阿弥陀堂でありましたが、老朽化が進み、昭和51年に大回向堂無量寿殿として建て替えました。


弁才天

梵語ではサラスバティーといい、元はインドの川の女神様でした。龍王の娘であり名誉、福寿、食物、愛嬌、縁結びの徳や子孫を恵む神であるといわれています。また学問、音楽などの技芸、雄弁と知恵の保護神でもあるといわれています。


当地は古くから龍神信仰があり、山門の前を流れる竜田川には大正時代まで龍穴がありました。1200余年前に行基菩薩がこの地に寺院を建立したのはこの地に龍が住むと信じられていたからだと寺伝にあります。龍穴は大正時代に鉄道建設のためダイナマイトで爆破されましたが、今も毎年一月三日に龍神の化身である雌雄二体の綱を打ち、竜田川に架ける綱架けの神事が残っています。
無量寿殿の裏の小さな池にある弁才天の祠は、鎮守社に祀られている青躰龍王とともに、古くからの龍神信仰として大切にお祀りしております。